個性を育てる教育(1)

−特異性−
 


 お正月に日経新聞を見ていて飛び込んできたのがこの言葉です。下段の書籍の宣伝に使われた言葉でした。いよいよそうした時代になるのかと思いました。
 色々な新聞に眼を通しても、表現の仕方は違っても、2000年という時代の中で光を放つのは「特異性」であるとの認識は一致しているように思いました。
 大きな組織の中に入り、組織の意思を自分の意思として動く時代ではなくなったと言うのです。寄らば大樹、親方日の丸で、大きな力の保護の中に入っていさえすれば幸せが保障される時代ではなくなったと言うのです。大きな力の中に入るということは、自分の持つ個性を押さえ込んでしまうことです。個人も企業もです。その代表例が金融機関でしょう。護送船団方式の中で、大蔵省が全ての速さを指示し、特異な動きは全て押さえつけて、全ての銀行が利率も同じ、景品でさえも同じ。金融機関と同じように生きてきたのが日本人であり、日本の企業でした。
 しかしそうしたあり方に「ノー」が突きつけられました。多くの企業が大慌てで、従来とは異なる生き方を追求しようとしています。大規模なリストラ、利益を生む構造への転換、そして、同業他社とは異なる製品をどれだれ早く世に出せるかの競争に突き進んでいます。従来、求められてきた没個性を否定して、どれだけ個性を打ち出せるのか、どれだけ他者との違い、特異性を発揮することができるのかに重点が置き換えられたのです。
 企業は確実にそうした方向への転換を始めました。この転換のスピードに追いつけない企業は市場から排除されてしまうでしょう。何せ日本を代表し、過酷な競争を繰り広げていた、「三菱商事と住友商事と三井物産」が協力しようとする時代なのです。利益を生む構造を作らねば、市場がこれを一気に叩き出す時代になったことを象徴するでき事です。
 企業は変わろうとしています。では日本人はどうなのでしょうか。「他と違うこと」を重視しているでしょうか。残念ながら違うようです。しかもそれは子供の世界にその傾向が顕著なのです。他と違うことを極端に怖がります。同じであろうとします。何故なら、いま子供の世界では、他と異なる者を排斥しようとする動きさえあるからです。それが苛めといった形で現れてきているのです。日本人は変わらねばならないのです。
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