21世紀を見据えた教育(7)

-数学教育の充実-
 


 数学ができないから文系、数学ができるから理系といった進路指導が日本では続けられています。大学の方も、社会科学や人文科学・語学系統では数学を重視しない入試が行われ、多くの私立大学では数学を入試科目から除外することが当たり前になってきました。
 数学嫌いの生徒も多く、小学校でも分数計算辺りでつまづく児童がたくさん出てきました。そして2002年の学習指導要領の改定では一気に指導内容の削減が図られることとなりました。
 しかし、本当にそれで良いのでしょうか。最近文系の分野の学問の停滞が叫ばれています。そしてそれに対して理系分野の学者からは、「アナログ的なデーターを統計的な解析技術を応用して、分析し総合することをやらないところにある」との指摘がされています。理系分野ではコンピューターを駆使して研究が行われています。しかし文系の学者にはそれができないのです。プログラムを組む能力に欠けているのです。大学入試のあり方がそうした研究者を生んでしまったのです。
 学問分野だけではありません。今特に強く言われているのが、金融工学が日本で全く育っていないことです。最近はノーベル経済賞の受賞者の多くが、金融工学の研究者です。金の動きや株価の動きを分析し、独自のプログラムを組んで、コンピューターによってその動きを事前に察知できるようにしようとする学問です。しかし日本ではこうした学問は全くされていないのです。経済学部に行くのに、国立大学でも数学Vが必要でないからです。私立大学では不要なのですから。
 金融工学だけではありません。最近ではアメリカの多くの企業が意思決定のためにコンピューターを使っています。企業をとりまく様々な条件をインプットして、企業の進むべき道をコンピューターではじき出そうとしているのです。言わば戦略を統計数値に代えて組み込むというやり方まで採用しているのです。
 そうした企業と競い合わねばならぬのが21世紀です。文系だから数学が要らぬなどと言っていたのでは世界の競争に必ず負けます。指導要領の改定が行われたならば、日本の数学教育はどうなるのでしょうか。一方で情報教育を取り入れることにはなりました。しかし必要なのはパソコンでインターネットができたり、文章が書けたり表計算ができる力ではないのです。プログラムを作り上げる力です。自分が目的とする結果を生み出せるプログラムをです。数学教育の充実以外に21世紀の教育は考えられません。
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