| -個性復興- |
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日本人であることを忘れた日本人は、同時に自分の個性も捨ててしまいました。そんなことはない、今の若者は個性的だと言う人がいるかもしれません。ピアスをつけ色とりどりに髪の毛を染めていることが個性的なのでしょうか。ルーズソックスや底の厚いサンダルが個性的なのでしょうか。スカートを拡げて床に座ることが個性的なのでしょうか。下着の様な服がそうなのでしょうか。ズボンを下げてパンツを半分見せることが個性的なのでしょうか。
戦後一貫して個性尊重が教育の柱として主張されていました。しかし残念ながら結果は別のものになったのです。そこで問題とされたのは髪の毛の長さであったり制服であったり、校則であったり、すべて、外見だけのものが問題とされたのです。そうして外見を追っている間に、本質が見失われてしまったのです。
教育とはそうした仕事です。誰にでもできる仕事ではないのです。だから教育を専門とする人間を育てることは、単に教育に関する単位を取れば良いとの現代の教職の考え方では無理なのです。戦前の教員養成は師範学校が受け持ちました。全て全寮制の学校でした。何故全寮制だったのでしょうか。一つには地方の優秀な生徒で、向学心はあるが家庭が貧しく、旧制中学に進めない者を集めるとの目的があったでしょう。しかしそれだけではないのです。寮生活を通じて、人間を見る力を養ったのです。人間を育てる力を寮生活の中で育てたのです。