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二兎を追う



 二兎を追うもの一兎も得ずとの諺があります。どういう訳か戦後の日本ではこの言葉が正しいものとして流布しました。「受験勉強とクラブは両立しない。どちらか一方を選べ」と当たり前のように親は子どもに呼びかけてきました。
しかし、近年になるとこうした日本人の価値観にも変化が生まれてきたようです。しかし、それが歓迎すべき変化であるかと言えばそうではありません。
 戦後の日本人は、まさに廃墟の中から復興に立ち上がりました。経済的に豊かな国家となるためにしゃにむに働きました。全てを経済の復興に向けていったのです。傾斜生産方式に代表される資源の集中と同じく、全ての力を経済に注ぎました。家が、レジャーがと言う前に,先ず、豊かな経済国家の建設でした。まさに二兎を追うのではなく経済という一兎をたのです。そしてアメリカに片を並べる程の経済力を手に入れました。こうした社会の風潮が、受験一筋が当たり前との風潮を生む元となったのでしょう。
 当然の結果と言えるでしょうが、その目標を達成したと同時に、こうした考え方が崩れていきました。東洋の奇跡に対する欧米のやっかみも強くなりました。「働きアリ」「ウサギ小屋」との批判が欧米でおこりました。多くの日本人がこれに同調しました。趣味やレジャーを大切にしようとの動きが出てきました。そこでこの二つを両立させようとするならば良かったのですが、どうも日本人はそれが苦手なようです。「働くことは遊ぶためにあるものである」との意識が急速に蔓延してきたのです。一兎を追うのを止めて、では二兎を追うのかと言えば、それもやらない。では、対象が変わって一匹の他の兎を追っているのかと言えば、追っているのは快楽だけ。これは追っていると自慢できるものではありません。
 学校でもしかりです。急速にクラブ活動参加者が減ってきました。特に汗や泥にまみれるラグビーや野球等のスポーツの参加者が減ってきました。文科系のクラブでも吹奏楽部のような練習の厳しいクラブも同様です。では勉強に向かっているかと言えば、こちらも年々急速に学力が低下しています。
 これに対して日生学園は二兎を追いたいと考えています。文武両道と戦前は申しました。学芸徳体が学校教育の目標でした。相撲でも心技体でした。実は日本人とは本来そうした多方面を追い求める民族なのです。しかも中途半端ではなく、その一つ一つを大切にする民族であったのです。二兎を追わなくなったのは戦後の一時期のことなのです。日本の長い歴史を見れば。
 これだけやれば良いのではなく、まして況んや、何も追うものがないは言うに及びませんが、多様な価値を追求することが人間の自然な姿であるとして追求しようとする学校が日生学園なのです。
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