なぜ一万ページ読書運動か

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 読書の効用に目が行ってしまいましたが、知の競争時代に入った今、従来にも増して読書が必要となることはお分かり頂けると思います。21世紀に生きる人を育てたいと考えている日生学園が、何故一万ページ読書運動に力を入れているかを。
 しかし、本来の読書の意味は、こうした功利的なものに止まらないのは言うまでもありません。人が読書に熱中するのは、自分を探す為なのです。自分が生きている意味を見つける為なのです。
 人間として生まれてきた者の宿命でしょうか。「自分は何故生まれてきたのか、自分は何をする為に生まれて来たのか」との問いが、死の時まで続くのでしょう。必ず滅びる人間として、「死とは何か」の問いは、死の時まで続くのでしょう。
 生と死の謎を解きたいと、人間は考えながら歴史を重ねてきました。全ての人がこの問いから離れられないのです。
 残念ながら、人はたった一回の人生しか経験できません。あるいは、今の私は生まれ変わった私かもしれません。しかし、過去の記憶はありません。たった一度の人生であっても、本を読む事で、多くの人生に触れられるのです。いつか訪れるであろう死と直面することができるのです。
 生と死への疑問。これは私のような凡人であっても、理数工学の最先端を研究している人も同じことです。親鸞も道元もこの問いを発したでしょう。そして、読書によって、親鸞を道元を感じる事ができるのです。
 人はいかに生きたのか。人はいかに死んだのか。
 これこそが、読書です。
 自分はいかに生き、いかに死ぬか。本を旅する中から見いだしたいものです。

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