
普通の親とは、「子供が幸せだと感じる」ことを「自分の幸せ」と考えるものだと思っていましたが、どうも最近はそうではなくなってしまったようです。そうした普通の親が激減してしまったように思います。そして2つの全く異なるタイプの親御さんが増えてきたようです。
一つのタイプは、言うまでもありません。児童虐待に代表されるタイプの親です。「食事をしない、部屋を汚す、泣く、言うことを聞かない」といった本当に単純な理由で虐待を繰り返す親が増えてきました。自分の思い通りにならないと、殴る、食事を抜く、縛るといった行動に簡単に出るのです。そうした行為をしておいて火がついたように子供が泣けば、更に厳しい折檻を加えるような親が増えてきました。

何故こんな親が増加しているのでしょうか。「自分が産んだ子なんだから自分の意のままに生きて当然だ」とでも考えているのでしょうか。ではそんな親が子供時代に自分の親の意のままに生きてきたかと言えば、全く逆です。自分が子供の頃は、「生まれたくもないのに勝手に産みやがって」と親からの束縛から離れていたはずです。「二人のために世界はあるの」との曲を聞きながら大きくなって、本当にそう思い込んでしまったのでしょうか。全ては自分のための世界。全ては自分の幸せのため。自分を苦痛に追いやるものは全て敵。自分の欲望を満足させることが幸せであり、3Kのような仕事をせねばならぬ子育てなんかなぜやらねばならないのかと考えているのでしょう。だから自分をそうした中に追いやる子供が憎いのです。

そう考えると、こうした親は確実に増えていくでしょう。「全ては自分中心であり、楽をすることが幸せ、自分が得をすることが幸せ、与えられることが幸せ」と、今若者の多くが考えているのですから、そうした若者が父になり母になれば、当然の結末を迎えることとなるでしょう。
キリスト教を信じている欧米諸国でもそうした傾向が顕著です。しかも日本にはそれに代わるものがありません。とっくの昔にモラルを捨ててしまった国民です。その中でこうした考え方が蔓延しているのです。
勿論、虐待に走るというようなことはないまでも、どこかにそうした心が潜んでいませんか。例えば朝食を作らないで、子供を学校に行かせるようなことはありませんでしたか。手抜きすることが楽だと考えたりしなかったでしょうか。そうして育った子は必ず、心に大きな傷を持っています。そして、児童虐待を平気でする親が拡大再生産されていくのです。